PICTURE BOOK — STORY 10

羽音の裏にあるもの

2026.02.14 公開

さて今日は、

どんなお客様がつるるんとんにいらっしゃるのだろう。

第10話 羽音の裏にあるもの 挿絵01

カラン、という鈴の音は、

いつもより少し硬く響いた。

入ってきたのは、

つやのある黒い羽を持つカラス君。

かなり長めに伸ばした髪(羽)は、

整っているようで、どこか落ち着かない。

第10話 羽音の裏にあるもの 挿絵02

グレーのスーツに黄色いネクタイ。

姿勢はまっすぐだが、肩には力が入りすぎていた。

「予約をしているカラスです」

そう言いながら、

店内を一瞬で見回すその目は、

お客というより、

検査官のようだった。

第10話 羽音の裏にあるもの 挿絵03

実はカラス君は隣町のさんぱつ屋さん。

つる君は、少し違和感を感じたが、いつも通りの声でカラス君に話かけた。

「今日はどうされますか?」

カラス君はニヤッとして

「全部。

どうせなら、一通りね」

第10話 羽音の裏にあるもの 挿絵04

その言い方に、

るんちゃんはほんの少しだけ胸がざわついた。

カットが始まる。

第10話 羽音の裏にあるもの 挿絵05

ハサミの音が、

静かな店内に心地よく響く――

はずだった。

「……その角度」

「普通、もう少し攻めません?」

「今どき、そんなライン?」

第10話 羽音の裏にあるもの 挿絵06

言葉は軽い。

だが、毎回、的確に刺してくる。

つる君の指先に、

わずかな震えが走る。

「こんなカットしか出来ないんですか?」

その一言で、

空気が一段、冷えた。

つる君は、

深く息を吸ってから言った。

第10話 羽音の裏にあるもの 挿絵07

「お好み、ありますか?」

「ありますよ。

でも、言わなくても分かるでしょ?

プロなら」

第10話 羽音の裏にあるもの 挿絵08

その言葉に、

るんちゃんは思わず視線を伏せた。

第10話 羽音の裏にあるもの 挿絵09

つる君は自分を信じるしかなかった。

第10話 羽音の裏にあるもの 挿絵10

無言でつる君は、自分を信じるままにハサミを黙々と動かしてカットを終えた。

次はるんちゃんの番。

お顔剃り。

毛穴洗浄。

極みヘッドスパ。

つる君はるんちゃんの耳元で「いつも通りで大丈夫だからね。」とささやいた。

るんちゃんは少し緊張がほぐれて、いつもと同じように顔剃りを始めた。

第10話 羽音の裏にあるもの 挿絵11

蒸しタオルを乗せた瞬間、

カラス君の肩が、すっと下がった。

第10話 羽音の裏にあるもの 挿絵12

「……この感じ」

低くつぶやく。

「昔、

店を始めたばかりの頃を思い出す」

るんちゃんはただ聞くだけで何も聞きかえさなかった。

次は、お顔の毛穴洗浄。

第10話 羽音の裏にあるもの 挿絵13

「お客さんが一人来るだけで、

心臓がうるさくなるくらい緊張してた」

極みヘッドスパでマッサージしている

指先が、

ほんの少しだけ力を緩める。

第10話 羽音の裏にあるもの 挿絵14

「隣の店が繁盛してるのを見るたびに、

自分が置いていかれてる気がして」

ヘッドスパの終盤。

ロナが、

いつものように、気まぐれに近づいてきた。

第10話 羽音の裏にあるもの 挿絵15

何も考えず、

ただ、そこにいる。

カラス君のくちばしが、

わずかに震えた。

「……見られるのが、怖かった」

声が、少しだけかすれる。

「技術が落ちたと思われるのも」

「余裕がないって、気づかれるのも」

沈黙。

「だから、先につついた」

「つついて、

自分のほうが上だって思いたかった」

ロナは、

じっとその顔を見上げている。

第10話 羽音の裏にあるもの 挿絵16

仕上げ。

鏡を正面に向ける。

「どうでしょう」

カラス君は、

長いこと、黙ったまま自分を見つめていた。

先ほどまでの、

鋭い目ではない。

第10話 羽音の裏にあるもの 挿絵17

「……正直」

ゆっくり、言葉を探す。

「思ってたより、

ずっといい」

羽を整えながら、

小さく笑った。

「悔しいですね。

こんなに、楽になるなんて」

第10話 羽音の裏にあるもの 挿絵18


会計を終え、帰り際。

第10話 羽音の裏にあるもの 挿絵19

カラス君は、

ドアノブに手をかけてから、振り返った。

第10話 羽音の裏にあるもの 挿絵20

「今日は……すみませんでした」

その一言は、

とても小さかったが、

確かだった。

「また、来ます」

「今度は、

ちゃんと“客”として」

ロナが、

短く、やさしく鳴いた。

第10話 羽音の裏にあるもの 挿絵21

ドアが閉まる。

つる君は、

しばらくその場に立っていた。

「怖かった?」

るんちゃんが聞く。

「うん」

つる君は笑った。

第10話 羽音の裏にあるもの 挿絵22

「でもね」

「最後、

少し軽くなってた」

るんちゃんは、

静かにうなずいた。

店内には、

さっきまでのトゲは残っていない。

羽音の消えた、

やさしい静けさだけがあった。

第10話 羽音の裏にあるもの 挿絵23

さて次は、

どんなお客様が来られるのだろう。

第10話 羽音の裏にあるもの 挿絵24

〈おわり〉

物語の舞台となったお店で、
あなたもととのいませんか。

絵本の中のつる君・るんちゃんが、実際に施術を担当いたします。
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