ざら男は、ここ数年ずっと
「なんとなくつかれてる自分」に慣れてしまっていた。
理由は、よく分からない。
仕事かもしれない。
今まで言えなかったことの積み重ねかもしれない。
“誰にも弱音を出せない性格” も原因だったのかもしれない。
—— でも、今日だけは。
なぜか、歩くのもしんどかった。
帰り道。
ふと視界に、やわらかい光が差し込む。
つるるんとんの入口に立つ
《勇気のライオン》 が、
まるでざら男の顔色を読み取るように
静かに輝いていた。
その目に、ざら男はハッとした。
—— あれ…“大丈夫じゃない自分”を
初めて見られた気がする。
足が止まった。
気づいたら、扉に手をかけていた。
中へ入ると、
右側の棚の前に
《笑う神さま》 がちょこんと座っていた。
POPにはこう書かれている。
「笑い声を聞くと、お腹が鳴ります(ほんとに)」
くすり、と笑った途端、
……ふふっ。
その瞬間、布袋さまの木の体が「ふふっ」と小さく鳴った気がした。
—— 今の…返事?
そんな馬鹿な、と思いながらも、
ざら男はなぜか
“ひとりじゃない”って感じてしまった。
それが、つるるんとんでの意外なスタートだった。
風のシャンプーのある通路を歩くと、
壁に飾られた 《いのちの木》 が目に入った。
秋みたいな色なのに、
なぜか“春みたいな温度”があった。
POPにはこう書かれていた。
「“疲れ”を少し預かり、“がんばる光”を返します」
ざら男は思わず立ち止まった。
「疲れを…預ける?」
そんな風に考えたことなんてなかった。
いつも全部、自分で抱えていた。
弱さなんて見せちゃいけないと思っていた。
でも、この木は何も聞かずにこう言っていた。
—— “少しでいいよ”って。
ざら男は、胸の奥がじんわり熱くなるのを感じた。
そのとき。
風みたいな音が、そっと背中を押した。
風のシャンプーが終わり、
ざら男がカット台へ歩いていくと…
頭の上から、
ふわりとあたたかい光が落ちてきた。
見上げると、
そこには 《太陽のランプ》 が静かにゆれていた。
ーー なんだろう、この光。
ただ明るいだけじゃない。
胸の奥に、やさしく火をつけるみたいな…
照らされているだけで、
“自分はここにいていいんだ”
そんな気持ちになる光だった。
つる君が微笑んで言った。
「このランプね、がんばりすぎてる人の心をふっと軽くしてくれるんですよ」
ざら男の胸が、きゅっとなった。
誰にも言ったことはないけれど、
ずっと“がんばりすぎていた”のは、自分でも分かっていた。
ランプの明かりの中、
つる君が赤い櫛を優しく通す。
スー、スー。
その動きは、髪だけじゃなく、
ざら男の気持ちの“くもり”までといていくようだった。
“魔法の白い粉”がふわりと落ちると
影がやわらかく立ち上がり、
ざら男の表情が少しずつ軽くなっていく。
ーー なんだろう…
「がんばり続けなきゃいけない俺」じゃなくて、
「がんばらなくてもいい俺」のままでも
ちゃんと整っていく感じ。
それは、ざら男にとって
ほんとうに意外で、ちょっと泣きそうな感覚だった。
るんちゃんの毛穴洗浄とエステが始まる。
蒸しタオルが頬にそっと触れると、
ざら男の心はさらにゆるんでいった。
美容液が肌にしみこむたび、
呼吸がゆっくりと深くなっていく。
ーー こんなに“何も考えない時間”、
いったい何年ぶりだろう。
「がんばらなくてもいいんだよ」
そう言われたような温度だった。
仕上げの鏡をのぞいた瞬間、
ざら男は息をのんだ。
肌が明るい。
表情がやわらかい。
そして目が、あの 太陽のランプと同じ光 を宿していた。
ーー これ…俺?
ほんの少し、涙がにじんだ。
つる君がランプを見上げながら言った。
「光はね、もともとあなたの中にあったんですよ。
今日は、それがちょっと戻った。良かったですね。」
帰り道、つるるんとんの入口に立つと、
《勇気のライオン》が静かに輝き、
「ふふっ」と布袋さまの木の体が鳴った気がした。
ざら男は笑った。
ーー また来よう。
ここは、光が咲く場所なんだ。