PICTURE BOOK — STORY 13

角の奥に、しまいこんだ声

2026.03.04 公開

ある雨あがりの午後。

第13話 角の奥に、しまいこんだ声 挿絵01

つるるんとんの扉が、ゆっくりと開きました。

入ってきたのは――

大きく立派な角をもつ、鹿のお父さん。

第13話 角の奥に、しまいこんだ声 挿絵02

背筋はまっすぐ。

スーツもきちんと整っていて、隙がありません。

けれどその目の奥は、

どこか、ずっと遠くを見ていました。

第13話 角の奥に、しまいこんだ声 挿絵03

「フルコースでお願いします。」

低く、静かな声。

つる君は、やわらかくうなずきます。

第13話 角の奥に、しまいこんだ声 挿絵04

「今日は、どんなふうに整えましょう?」

鹿のお父さんは、少しだけ間をあけて言いました。

「……“ちゃんとした父親”に見えるように。」

第13話 角の奥に、しまいこんだ声 挿絵05

その言葉は、

まるで鎧のように硬く、重たく響きました。

ヘアカットが始まります。

第13話 角の奥に、しまいこんだ声 挿絵06

立派な角の根元には、

いつも力が入っています。

つる君は気づいていました。

このお父さんは、

ずっと“頼られる側”でいようとしていることを。

ハサミが静かに動きます。

「お一人で子育てを?」

「ええ。弱音は吐けませんから。」

第13話 角の奥に、しまいこんだ声 挿絵07

即答でした。

けれど、その言葉のあとに、

ほんの小さなため息が混じりました。

るんちゃんの

お顔剃りと毛穴洗浄が始まります。

第13話 角の奥に、しまいこんだ声 挿絵08

あたたかい泡が、

鹿のお父さんの頬を包み込みます。

「強いお父さんでいなきゃ、って

 思ってらっしゃるんですね。」

るんちゃんの声は、

そっと雪のように降りました。

鹿のお父さんは、目を閉じたまま

第13話 角の奥に、しまいこんだ声 挿絵09

「娘に心配をかけたくないんです。

 母親がいない分、完璧でいなきゃと。」

第13話 角の奥に、しまいこんだ声 挿絵10

泡の下で、

頬の筋肉が、わずかに震えました。

第13話 角の奥に、しまいこんだ声 挿絵11

極みヘッドスパ。

るんちゃんの指が、

角の付け根の奥までやさしくほぐしていきます。

第13話 角の奥に、しまいこんだ声 挿絵12

そこは、

いつも無意識に力を入れている場所。

「……頼っても、いいんですよ。」

第13話 角の奥に、しまいこんだ声 挿絵13

その言葉に、

鹿のお父さんの呼吸が崩れました。

「頼ったら……

 崩れそうで。」

第13話 角の奥に、しまいこんだ声 挿絵14

初めて、弱い声がこぼれました。

そのとき。

いつの間にか足元いた

愛犬ロナが、ころんと転がりました。

お腹を見せて、

完全無防備。

第13話 角の奥に、しまいこんだ声 挿絵15

そのあまりにも無防備な愛犬ロナの姿をみて

るんちゃんも鹿のお父さんも笑ってしまいました。

第13話 角の奥に、しまいこんだ声 挿絵16

“こんなふうに、力を抜いても大丈夫だよ”

そんなふうに見えました。

施術が終わり、鏡の前。

角はそのまま、立派です。

けれど、

その根元の力みは消えていました。

第13話 角の奥に、しまいこんだ声 挿絵17

表情が、少しやわらいでいます。

鹿のお父さんは、鏡を見つめながら言いました。

「強がるのは……

 娘のためだと思っていました。

 でも、

 本当は自分が怖かっただけかもしれません。」

第13話 角の奥に、しまいこんだ声 挿絵18

るんちゃんは、うなずきます。

「強さは、鎧じゃないですからね。」

第13話 角の奥に、しまいこんだ声 挿絵19

帰り際。

鹿のお父さんは、

スマートフォンを取り出しました。

娘に、短いメッセージを打ちます。

第13話 角の奥に、しまいこんだ声 挿絵20
第13話 角の奥に、しまいこんだ声 挿絵21

“今日、ちょっと疲れてる。

 一緒にごはん作ってくれる?”

送信。

ほんの小さな勇気。

扉を出たとき、

鹿のお父さんの角は、もう戦う形をしていませんでした。

第13話 角の奥に、しまいこんだ声 挿絵22

風を受け止める、

やわらかな枝のようでした。

強がりの鎧は、

全部はずれたわけではありません。

でも、

少しだけ軽くなっていました。

第13話 角の奥に、しまいこんだ声 挿絵23

つるるんとんには、

髪を整えるだけでなく、

角の奥にしまいこんだ声を

ほどく時間があるのです。

その日もまた、

ひとつの背中が、

ほんの少しだけ

軽くなって帰っていきました。

第13話 角の奥に、しまいこんだ声 挿絵24

〈おわり〉

物語の舞台となったお店で、
あなたもととのいませんか。

絵本の中のつる君・るんちゃんが、実際に施術を担当いたします。
ご予約・ご相談は、WEB・お電話・LINEからどうぞ。

☎ 070-8594-1725 受付 9:00〜18:30 / 月曜・第3日曜・祝日 定休